Richard Henry Brunton

リチャード・ヘンリー・ブラントン

1841年12月26日~1901年4月24日

 明治元年(1868年)政府の招聘により来日した、お雇い外国人第1号のスコットランド人土木技師。日本沿岸各地に数多くの灯台を設計し、「日本灯台の父」と呼ばれている。

また約8年間にわたり活動の拠点としていた横浜では、日本大通りや横浜公園、吉田橋「鉄(かね)の橋」の設計を行うなど、近代的なまちづくりに大きく貢献しました。

<横浜における設計・計画など>

横浜居留地測量 1868~70
電信敷設 1869
新橋・横浜間の鉄道意見書 1869
吉田橋(鉄の橋)架設 1869
居留地:下水道整備・マカダム式道路舗装

・街路照明計画

1869~71
水道計画 1870
築港計画 1870、73、74
新埋立居留地造成設計・施工 1871
中村川拡幅等設計・施工 1871
日本大通り設計・施工 1871
修技校開校 1871
横浜公園設計・施工 1871、72